〜〜〜〜〜〜〜講師紹介〜〜〜〜〜〜〜

・菊水 健史(きくすい たけふみ) 先生 

  東京大学獣医学科卒 博士(獣医学)
  麻布大学獣医学部 動物応用科学科 介在動物学研究室 教授
  ヒトと動物の共生科学センター センター長

  ご専門:行動神経科学 行動内分泌学、行動遺伝学
  動物における社会コミュニケーションとその中枢機能、遺伝基盤に関する研究に従事。


  1994 三共(現第一三共)神経科学研究所研究員、
  1997 東京大学農学生命科学研究科(動物行動学研究室)助教
  2007 麻布大学獣医学部伴侶動物学研究室准教授、
  2009 同教授
  2017 同介在動物学研究室教授
 


・永澤 美保(ながさわ みほ)先生

  博士(学術)
  麻布大学獣医学部 動物応用科学科 介在動物学研究室 講師

  ご専門:比較認知科学、動物行動学、行動内分泌学


  2008 麻布大学 獣医学研究科 動物応用科学専攻 博士後期課程 修了
  2008 麻布大学 獣医学部 動物応用科学科 伴侶動物学研究室 特任助手
  2009 麻布大学 獣医学部 動物応用科学科 伴侶動物学研究室 特任助教
  2013 自治医科大学 医学部 生理学講座 神経脳生理学部門 研究員
  2017 麻布大学 獣医学部 動物応用科学科 介在動物学研究室 講師
 


 〜〜〜〜〜〜〜〜講演要旨〜〜〜〜〜〜〜〜

【獣医師向け講演】
 講演1
 イヌの家畜化に見る遺伝―文化の相互作用
 菊水健史、永澤美保
 麻布大学獣医学部動物応用科学科
 麻布大学ヒトと動物の共生科学センター

 イヌ(Canis familiaris)は最初に家畜化された動物であり、今日では何百種類もの犬種が認められる。家畜化の過程で、イヌはその気質、行動、認知能力に応じて強力な選択プロセスを受けた(Hare et al. 2005)。イヌは、オオカミやチンパンジーに比べて、ヒトとのコミュニケーションにおいて、ヒトに類似したジェスチャーを利用することに長けており(Hare and Tomasello, 2002)、またイヌは解決できない課題に直面したときに、ヒトを振り返り、視線を用いてヒトを操作することさえある(Miklosi et al.、2003)。これらの結果から、イヌは家畜化の過程で、独自の認知能力を獲得したと考えられる。このようなヒトに似た独自の能力は、異種間の共生を加速させ、ヒトとイヌの深い関係の形成に寄与しているだろう。
 様々な犬種の行動に関連する遺伝子を解析することは、家畜化の過程を理解する上で大きな可能性を秘めている。世界各地からのイヌやオオカミのゲノム配列データを用いた調査では、イヌの家畜化の初期段階では、神経堤細胞の重要なシグナル伝達経路の阻害に関連する遺伝子変異が検出され、それが行動形質の選択に関与している可能性が示された。興味深いことに、日本の柴犬や秋田犬などのアジア原産の犬種は、遺伝的にオオカミに近い古代種に分類され、イヌの家畜化の過程を理解する上でユニークな遺伝的背景を持っている。イヌの家畜化は、イヌに対するヒトの選択交配だけではない。イヌ自身が、ヒトの文化的側面を許容して、適合してきた可能性も大きい。つまり、イヌの家畜化、特に地域ごとの犬種の違いを理解することは、それぞれの地域文化を理解することにもつながる。日本犬を分析することで、日本犬とともに生きてきた日本人の姿が見えてくる。本講では、イヌの家畜化と、その家畜化の中での日本犬の特徴を紹介し、その遺伝―文化の相互作用を考察する。

【獣医師向け講演】
 講演2
 「イヌはなぜヒトの『最良の友』になったのか?~社会認知、絆形成、介在動物としての可能性」
 永澤 美保
 麻布大学獣医学部動物応用科学科

 動物との親和的関係がヒトの心身にもたらす効果は、1970年代から文理問わず様々な分野の研究者から関心をもたれてきました。競争社会の反動から、現代では癒しや共感が求められ、動物との共生がもたらす可能性はさらなる注目を集めています。一方でヒトと動物の関係学分野は研究手法に大きな問題を抱え、また小規模かつ単発的な研究が多いことから、科学的エビデンスに欠けており、動物介在介入の医療分野への応用が進まないことも事実です。動物介在介入が単なる気晴らしやレクリエーションから脱するには、ヒトと動物の関係についてより根源的な理解が必要であると考えられます。
 私達はヒトとイヌの関係を理解するためにイヌの社会性に着目し、その解明を目指して研究を行っています。イヌとヒトは異なる系統樹に属しながらも、ともに寛容性の選択圧により進化し、隣接したニッチで生きることで、イヌはヒトに類似した認知能力を獲得したという説が唱えられています。この寛容性と認知能力の共有こそが現在のような協調的関係を構築させたといえます。このようなイヌの社会性解明のために (1)イヌの社会的認知能力の進化基盤、(2)イヌ-ヒト間の絆形成を制御する行動神経メカニズム、(3)イヌの社会性を支える行動内分泌学的発達過程の解明の3つのテーマに基づいて研究を行っています。今回のシンポジウムでは、主に(2)イヌ-ヒト間の絆形成を制御する行動神経メカニズムを中心に、個体間でのマクロでの関係性、ライフステージにおける関係構築、さらに進化・家畜化を通した関係性という3つの時間軸に沿って、イヌはなぜヒトの『最良の友』になれたのかについてお話をしたいと思います。


【一般向け講演】
 講演3
 「ヒトとイヌの共生」
 菊水健史、永澤美保
 麻布大学獣医学部動物応用科学科
 麻布大学ヒトと動物の共生科学センター

 イヌは飼い主を特別視し,慕い,そのまれなる忠誠心をもって,飼い主との特別な関係を構築する。世界にはさまざまな動物が存在するが,イヌほどヒトに近く,親和的に,そしてあうんの呼吸でともに生活できる動物はほかにはいない。それを支える認知機能が明らかとなってきた。イヌはオオカミと比較し,ヒトからの視線や指さしによるシグナルを読み取る能力が長けていること,そしてその能力が進化の過程で獲得してきた能力であった。興味深いことに、このようなヒトとのやり取りの能力は、ヒトと近縁であるチンパンジーでは困難である。故、イヌはヒトとの生活を共にすることで、この能力を獲得したと考えられる。それだけではない。イヌはヒトと視線を介して理解し合えるだけでなく、絆の形成も可能となった。イヌが飼い主と見つめ合うことで、お互いにオキシトシンが分泌された。イヌとの触れ合いや視線によるコミュニケーションが飼い主のオキシトシン分泌量を上昇させることから、オキシトシンという分子で飼い主とイヌがつながったと言える。それはイヌがヒトとともに歩いてきた3万年以上も続くヒトとイヌの共進化の賜物といえるだろう。
 一方、イヌとの暮らしがもたらすヒトの心身への効果は、小児アレルギーの抑制、うつ病や不安症の改善、自閉症児の症状回復、認知症の改善など、枚挙に暇がない。しかし、イヌとの生活がなぜヒトの心身に医学的恩恵をもたらすかのメカニズムは不明である。最も有力な候補分子として上記のオキシトシンがあげられる。オキシトシンは不安やうつ病、ストレス応答を軽減させ、過剰な自律神経系の興奮を抑える効果を持つ。社会性に障害を抱える自閉症児への症状改善効果も知られている。また、脊髄後根神経節に作用し鎮痛効果をもつことや、免疫系に作用して抗炎症作用を示すこと、更に外傷に対する治癒促進効果も併せ持つ。今回、ヒトとイヌが共生の場面でどのような認知能力を介してつながるのか、そしてそこにおけるオキシトシンの役割を紹介する。

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